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元失業者の現在労働者 健康で文化的な最低限度の生活をめざす劣等社会人のブログ 世の中厳しいですが、がんばりましょう 大衆演劇と競輪初心者です

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先日、大神輿総練を見学する
松山の秋祭りを前にして、愛媛三大祭りのうち、新居浜太鼓台と牛鬼をゲストに迎え集合
いわばオールスターで、いっぺんに観れるのがいい
私は2~3年前に一度拝見した

まずはオープニング

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これは水軍太鼓の実演

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野球拳おどり

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今治の継ぎ獅子、最大5段あげるときもあるそうだ

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隣県よりのゲスト、豊後大友宗麟鉄砲隊の実演

ここからメインの総練

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松山女神輿

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松山男神輿

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新居浜太鼓台

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宇和島の牛鬼

9月といえどもまだまだ暑かった
ごくろうさま

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ありがとうござんす
武田の著書を読むと、海援隊結成のころの記述がある

浪人をへてやっと入った大学だが、当時は学生運動まっさかりだったので自分は興味を持てず大学生活に嫌気をさしていたころ、高校の時の同級生だった中牟田俊男から連絡があり、公園で待ち合わせることとなった
公園で待つ武田のもとに、中牟田と野田が到着
中牟田は、武田に、一緒に3人で音楽グループをやらんかと誘った
武田が、俺は歌とかギターとかようせんからと躊躇すると、
中牟田は、歌もギターも俺ら2人がするからせんでええ、鉄矢は歌の合間に、客の前で司会するとか面白い話をするとかをやってくれ
それならってことで、3人で音楽活動を始めたのだった

海援隊のコンサートにおいて、武田鉄矢のトークは歌と同等に、いやそれ以上に集客に寄与している
弱冠20歳の中牟田青年
高校時代柔道部員でおよそ音楽と無縁だった武田の特殊な能力を見ぬいた中牟田青年の目には、恐るべき正確さがあったのである

音楽サークルに入り、グループごと順番に公園で歌ったのが人前で歌った最初の体験
今でいう、無許可の路上ライブのようなもの
他のグループが、口さがない人々のヤジで苦戦する中、
順番がきた海援隊は、武田のトーク力で客の心をつかみ、次第に歩いてる人も海援隊のまわりに集まってきて、それはいつしか150人の観衆となり、1時間半釘づけにしたという
歌った曲は、たったの3曲だったというが、最後は手拍子でやんややんやの歓声を受けたという
武田のトーク力、おそるべしだ

歌に目覚めた武田は、歌詞活動を積極的に行う

活躍の場を、ライブ喫茶照和に移した海援隊
わずかだが、ステージに立てば、金がもらえるのがうれしかった

いろいろなグループがいて切磋琢磨したが、財津和夫の率いるチューリップには、かなわなかった
財津和夫に東京デビューの話がきて、チューリップの初期メンバーに不満を感じてた財津和夫は、照和で活躍してた他のグループのメンバーを選抜して引き抜き、新生チューリップとして東京にいったそうである

千葉和臣のいたグループも、ドラムスをチューリップに引き抜かれ立ちいかなくなっていた

そのころ海援隊は、野田が抜け、フォークでなく、5人編成でエレキでロックをやっていたが、やはり一人メンバーをチューリップに引き抜かれ、武田の失恋などもあり、休眠状態であった
そこである日、中牟田が武田の元に訪れ、
「なあ鉄矢、千葉を入れて、俺と3人で、もう一度海援隊をやってみんか」

と、新生海援隊の提案を行い、失恋から立ち直っていた武田は、その提案を受け入れた
歌も、初心に戻ってフォークソングで活動
この3人組こそが、後に東京に出てデビューし、母に捧げるバラード、あんたが大将、贈る言葉、思えば遠くへ来たもんだ等を世に送り出した海援隊なのである

当時のライブ喫茶照和には、チューリップ、井上陽水、海援隊、甲斐バンドの甲斐などが出演し、観客の中に長渕強、小さいから帰りなと入店拒否され追い返されたのは、当時小学生だったチェッカーズの藤井ふみやがいたという
そして、近くにある別の喫茶店に、実におかしな店員がいると噂されてたのが、あのタモリ店長だったのである
武田は著作のなかで、あんなに狭い範囲に、のちにこれだけ有名人になる人たちがひしめいていたのが、実に不思議であると記している
当時の武田は、まだ無名であった広島の吉田たくろう、東京の泉谷しげるを当時から意識していたそうだ

<完>


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ありがとうです
<武田鉄矢の語り>

昔、つきあった女性がいて、○○さんという方なんですが
数か月後に振られましてね、
別れ話を切り出されたので私が、
「ちょっと待って、別れんでくれー」
というと、その時彼女に言われたのが、
「女々しかぁー」
(場内爆笑)
私は彼女の腕を掴んでたので
「手を離しなさい、離さんと、大きな声ばだすよ」
(場内爆笑)
そして彼女は、手を振り払って雑踏に消えた
そのときの心情を歌にしたのが、贈る言葉なんです
人生なにがあるかわかりません

※コンサートがあったころ、バラエティー番組に武田がゲスト出演してて、同じ話をしていた


武田の著作によれば、相当なショックで自殺しようと、とぼとぼと何キロも歩き、ここなら死ねるかなと、
線路に頭をのせて列車をまったそうである
しかし、列車はなかなか通らず、いつか腹が減った
「こんな時でも、腹は減るんだな」
と、友達の家に行き、ビールを飲んだそうだ

後日、その女性に振られた実体験を綴った歌詞を書き、千葉が曲をつけた
それが、海援隊最大のヒットにしてミリオンをたたきだした、
「贈る言葉」
である

まさか自分の失恋を書いた曲が、学校の卒業ソングの定番になるとは、夢にも思わなかったそうだ

私は当時中学一年生であった
3年B組金八先生は、TBS系列が映らなかった愛媛では、半年遅れの日曜の昼に観てた
主題歌だった贈る言葉は、なんとなく卒業生に贈る曲
ヒューマニズムにあふれた曲というイメージであった
今回、改めて歌詞を読んでみると、確かに卒業生に贈るにしては、不自然な個所があります

下に、歌詞を記す


歌手:海援隊
作詞:武田鉄矢
作曲:千葉和臣

(1) 暮れなずむ町の 光と影の中
  去りゆくあなたへ 贈る言葉
  悲しみこらえて 微笑むよりも
  涙かれるまで 泣くほうがいい
  人は悲しみが 多いほど
  人には優しく できるのだから
  さよならだけでは さびしすぎるから
  愛するあなたへ 贈る言葉


(2) 夕暮れの風に 途切れたけれど
  終わりまで聞いて 贈る言葉
  信じられぬと 嘆くよりも
  人を信じて 傷つくほうがいい
  求めないで 優しさなんか
  臆病者の 言いわけだから
  はじめて愛した あなたのために
  飾りもつけずに 贈る言葉


(3) これから始まる 暮らしの中で
  誰かがあなたを 愛するでしょう
  だけど私ほど あなたのことを
  深く愛した ヤツはいない
  遠ざかる影が 人混みに消えた
  もう届かない 贈る言葉

  もう届かない 贈る言葉


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ありがとうです

武田のトークでも一番会場を笑わせたのは、母親武田イクのエピソードだった

<武田鉄矢の語り>
学生のころ、たびたび女にふられて家で泣いてる私ををみて、慰めてやろうと母は思ったのでしょうね
なんか言ってやらねばならないと
鉄矢よ。女は若いうちはきれいかもしれんがのう、年をとったらみんな同じ顔になるぞ
(場内爆笑)


忘れもしません7歳のとき、かあちゃん僕が生まれてうれしかったか?、と母にたずねると、
お前なぞ生まれて、うれしゅうはなかった
いつも流産しようと、高いところから飛び降りたりしてた
(場内笑)


煙草屋をやってた、貧乏な我が家にある日泥棒が入ったんです
母親のイクは、すっかり気落ちしましてね
なんで、うちのような貧乏な家に入ったんか、と庭にしゃがみこんで泣いてるんですよ
僕も悲しくなって、母の嗚咽が聞こえないように、押し入れの中に入ってたんですよ
すると、うちで飼ってた犬が、悲しい声で鳴いてるんですよ
ああ、犬でも飼い主が悲しんでるのを見て泣くんだなと感心して、押し入れから出て、外に見に行ったんです
すると、母が犬の首根っこをつかんで犬の顔を殴ってるんですよ
お前は、ただ飯ばかり食いやがって、夜中に泥棒が入ったときに、なんで吠えなんだか
と、犬を殴ってる

犬は、飼い主には逆らえないんで、我慢して殴られ、ウーンウーンと悲しい泣き声をあげてたのですな
きっと心の中では、いつももらってるあんな粗末なえさで、大きな声はでないですよ、と思ってたと思いますね
飼い犬といっても、元々が野良犬で、捨てられるのが嫌で、我慢して殴られるがままでいたんだと思います
(場内爆笑)


母のイクは、売れない息子を励ますために、他の歌手をけなしてました

井上陽水は、嫌いじゃ
あんだけ稼ぎよるのに、傘がない傘がないちゅうて、傘ぐらい何本でも買えるくせに
(場内笑)

私が文章で書くとあまり面白さが伝わらないかもしれないが、
武田鉄矢の口から放てば、会場内は大爆笑
恐らく何十回と繰り返した話で、磨きがかかり、もはやネタと化してるのであろう
私も大いに笑わせてもらったのである


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ありがとうです
武田のトークの特徴なのだろう
客席の一人に声をかけ、その人に語りかけるのを、他の観客が聞くというパターンが多かった

たとえばこんな感じ

(最前列の少年に)きみは高校生か?ああ、まだ中学生かあ
中学生なのに、こんなおじさんたちのコンサートに来たのかあ。
やっぱり、AKBとかのファンなんだろう
でもなあ、おじさんたちにも絶頂期ってあったんだぜ
それは、35年前だ
日本武道館でやったコンサートには、1万6千人も入ったんだぜ
人気の絶頂
だが、芸能界というのは浮き沈みがある
今はこんな風になっちゃったけど(笑)
中学生、まってな
今AKBは人気絶頂だけど、必ず人気が下がるから
あと35年後には、きっとこの砥部町文化会館にもコンサートにやってきてさ、
♪会いたかったぁー、会いたかったぁー、会いたかったぁー、イエイ
なんて、歌ってくれるさ、35歳年取ったAKBが
(場内爆笑)
な、中学生。それまであきらめずに待ってるんだよ
(爆笑)

といった具合だ


ということで、
海援隊コンサートにおける武田鉄矢のトークで、印象に残ったものを記録しておく

<武田鉄矢の語り>
さきほど、日本武道館のコンサートに1万6千人入ったという話をしました
これが絶頂の頃
人気が落ちた時には、客席に12人だけということもありましてね
忘れもしません、東北の日本海に面する酒田という町でね
これが大きな会場なんですよ
1000人とか2000人とか入る会館でね
そこに、たったの12人ですよ
同じ中学の同級生が最前列に12人ならんでて、そこだけしかお客がいない

冬の日本海だから、海風がすごくて、ゴ――、ゴ――って鳴るんですよ
会場にはお客が少ないから、その音が良く響いてね
暖房も入ってるんだけど、人がいないから寒くって
ふと12人の中学生を見ると、お互い手をつないでるんですよ
ああ、寒いから手をつないで暖めているのかと思い、問いかけると、向こうの中学生は真面目なんでしょうね
答えなきゃいけないと思ったらしく、真中に座ってた体の大きいリーダー格の子が立ちあがり、
「いえ違います。一人帰ろうとした子がいたので、帰らないように手をつないでるんです」
(場内爆笑)
そういう苦しかった思い出の方が、よく覚えてますね


人気がないからコンサート会場借りてなかなかできないもんで、そのときは老人ホームに海援隊でよく行きましてね
行くと200人くらいのおじいちゃん、おばあちゃんが待ってる
ところが当時20歳代の海援隊の歌なんか、誰も聴きたいわけじゃないんですよ
そのうち退屈したんでしょうね
一人のおじいちゃんが、
「看護婦さん、○○さんがいないが、どこに行った」
すると、離れた席のおばあちゃんが大きな声で、
「○○さんは、おととい死んだばい」
(場内笑)

一番前の席のおばあさんは、始まってずっと目を閉じて寝てる
悔しいから、目を開けるまで頑張ろうと歌ってたら、何曲目かに目を開けましてね、
うれしくなって、そのおばあちゃんにむかって、ちゃんと聴いてくれるんだねと問いかけると、
「やかましいから、静かに歌ってくれ」
と言われましてね
(場内笑)


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ありがとうです
<4年前のことです>

私の住む隣町に、砥部町文化会館というのがあるのだが、そこに海援隊がくるというので、
海援隊のコンサートにいってきた

海援隊は、ご存じの通り、歌手、俳優、脚本執筆、テレビタレントとしてマルチな活躍をする武田鉄矢がリーダー兼ボーカルを務めるフォークグループで、
武田と、中牟田俊男、千葉和臣の3人で構成されている

私は高校生くらいから海援隊を聴いていた
まあ、全曲集くらいしか聴いてないので偉そうなことはいえないが、
心のひだに沁みるような曲があり、それが好きな理由である

私は砥部町文化会館が初めてだったのだが、両花道を備えた田舎町にすればなかなか立派な構えであった
観客も良く入っており、1000人くらいはいたろうか

15時となり、舞台に海援隊登場
武田の短い挨拶のあと、自己紹介替わりにと、最初の歌フォークソングが歌われた
3人がそれぞれ、1番づつ歌唱し、それぞれが簡単な自己紹介と挨拶をする趣向だった

今回は、サポートメンバーを入れず、純粋に海援隊3人だけのライブ
中牟田と千葉のアコースティックギター2丁と、武田が曲により、ハーモニカ、タンバリン、鐘などを使い分け、リズムをとっていた
さびにくると、足で床を二度蹴り、リズムをとったりもした

曲の合間合間に武田のトークが入り、10曲+1
前半と後半に、テレビや映画の主題歌になった売れた曲を入れ、中盤に10月に発売されるアルバムの新曲などを挟んだ構成だった

1.フォークソング
2.スタートライン
3.贈る言葉
4.(魚を釣り落とした歌)
5.そうだ、病院に行こう
6.恋文
7.冬支度
8.思えば遠くへ来たもんだ
9.母に捧げるバラード
10.巡礼歌

アンコール曲 ノスタルジー


武田の歌唱力は加齢により落ちているように、私は感じた
本来ならボーカルの武田が最初から最後まで歌う曲を、3人でシェアして歌ってたのは、それも一つの理由かもしれない

だが、武田のトークは絶好調で、客席を大いに沸かせていた

選曲について私的には、思えば遠くへ来たもんだ、母に捧げるバラード、贈る言葉、スタートラインなどが聴けたのは良かった
故郷未だ忘れ難く、心が風邪をひいたようで、遙かなる人、人として、二流の人などが聴けなかったのは非常に残念
これらは、中牟田作曲の作品で、私は好きなのだ

海援隊の曲は、歌詞のほとんどを武田が書き、作品により中牟田と千葉のどちらかが曲をつける

中牟田は、心のひだに沁み入るような曲に仕上げる印象
上記に記した、故郷未だ忘れ難く、心が風邪をひいたようで、遙かなる人、人として、二流の人を作曲した
暗め、悩ましげ、フォークソングなのが中牟田作品で、私はそれらが好きだ

一方、千葉は、きれいな音楽、洗練された音、ニューミュージックっぽいという特徴を私は感じる
ちなみに、海援隊最大のヒットとなった、贈る言葉は、千葉の作曲
えきすとら、あんたが大将なども千葉作品で、これらは私も好き

名曲、思えば遠くへ来たもんだ、のように、作曲を外部に委託した曲もまれにある

10曲が終わり、武田は、
「たった10曲歌うのに、2時間超えました」
と客席に叫ぶと、ドッと笑いが起きた

歌う以上に、しゃべってましたからなw
武田のトークは、天下一品で、客席を大いに笑わせたが、その内容は明日の記事とする


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ありがとうです
わっしにとって初日となったこの日は9月6日
客席は30人くらいだったのでは、まずまずといったところ

第三部 舞踊ショウ

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花のトップステージは、群舞踊 浪漫

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澤村一也ゲストの美しい女形舞踊
長身すらりで、どことなく鳳凰座の中野加津也座長を想起させる

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ラストショウ 与ろずや紫舟お目通り
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一曲の総踊り
大衆演劇で大事にされてる曲ですな
歌の上手い役者さんだと思っていたが、歌手デビューしてた人が大衆演劇に戻ってきたんだと、読んだことがある
なるほど納得


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