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元失業者の現在労働者 健康で文化的な最低限度の生活をめざす劣等社会人のブログ 世の中厳しいですが、がんばりましょう 大衆演劇と競輪初心者です
0481.JPの劇団情報によれば、
昭和42(1967)年、当時4歳の筑紫桃太郎を座長に、「歌丸劇団」として海田温泉(広島県)で旗揚げ。
その後、北海道を中心に巡業するが、平成 2(1990)年に地元の九州へ戻り、「筑紫桃太郎一座」として公演を始める。
時代人情劇を中心とした芝居、ショー、口上などすべてにおいて、徹底した 分かりやすさと親しみやすさが特徴。
となっている

現在、筑豊國太郎と、名前を改めた頭取は、かなり個性的だ

この日、早めに劇場に入った私は、観客席に座っているジャージ姿の頭取を目撃する
おそらく遠征の追っかけか御贔屓と思われる5人くらいのお客と観客席で、開幕まで長い時間歓談していた

第一部の芝居が終わり、口上挨拶がすむと、通常10分~15分の休憩を挟んで第二部の舞踊ショーの開幕となるが、
筑紫桃太郎一座 花の三兄弟では、休憩がなく第二部の準備が整うまで頭取の幕間ショーが行われる

第1.5部 筑豊國太郎頭取ショー

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頭取舞踊
矢印の先にチラリ見える刺青は、本物だそうです
私は顔が怖いし全身に刺青がはいってるけど、やくざじゃなく、やくしゃですよ
が、口癖w

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頭取トークショー
届いたばかりというお気に入りのマイクを手にし、まあ、良くしゃべる
ほんと機関銃のようにしゃべる

奥道後劇場に、入り口の暖簾を贈った
普通、劇場のお偉いさんが一度くらいは挨拶に来るのにここは来ないのかと文句を言ったら、ホテルの社長が挨拶に来た
松山の人は、芝居の見方を知らない
拍手する時もパラパラだしハナも持ってこない
拍手は、ここと言う時に一生懸命叩くもの
などなど、言いたい放題
たしか冥土日記で見たが、センターで公演した際、酔っぱらってうるさい客がいたので、
頭取が、金は返すからもう帰ってくれと、言ったという
すごい人だねえ、暴走機関車
まあ、今回のショーも文字で書くと、かなりきつい内容だが、頭取がしゃべるとなんか楽しい
なんか憎めないキャラなんだよね
割と本音っぽい頭取のトークショーは楽しみにしてる人も多いと思うし、私も楽しいのだが、芝居中は芝居だけしてほしいですなw

第二部 舞踊歌謡ショー

オープニングは二人

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博多家桃太郎弟座長

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筑紫桃之助座長

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この日、花のトップステージは、御両人の相舞踊であった
前二回は、三兄弟そろい踏みだったが

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喧嘩屋五郎兵衛の主役を演じた玄海花道花形

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ジョージ山本歌唱

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この日は二曲歌い、二曲目に入ると、ジョージ山本の歌に合わせて、筑紫桃之助座長女形で踊る

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博多家桃太郎弟座長

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玄海花道花形 この踊りだったかなあ、美輪明宏のよいとまけの唄に合わせて花形が踊った
メッセージ力の強い曲に合わせて、見ごたえのある舞踊であった

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筑紫桃之助座長女形で

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曲が変わり、変な人が登場

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玄海花道花形だ

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寸劇風の舞踊

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この日のグッズ販売口上は、筑紫桃之助座長女形が受け持ち

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博多家桃太郎弟座長

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ラス前、筑豊國太郎頭取

ラストショー 傘の三兄弟そろい踏み(仮称)

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この日は、三兄弟集合が、ラストだった
アナウンスでは、「ラストーー」
だけしか言わなかったで、題が分からず、私が勝手に題を付けたのだが、
もしかすると、芝居が1時間20分と、通常より20分遅れたので、ラストショーを割愛したのかも
花の三兄弟の前二回の公演は、終わり時間を守る主義だったからね

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最期の口上は筑紫桃之助座長が行った
この日は、100人か、あるいはもっとか
団体客も良く入っていた
三本締めが執り行われた

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花の三兄弟の公演後、併設されてる温泉に入った
帰りに劇場裏を通ると、桃太郎トラックが横付けされており、千秋楽前の前積みだろう
役者さんは荷物を整理していた
本日の主役を演じた玄海花道花形が、なぜかジャージに鬘の姿で片付けをしており、目が合った私は軽く目礼をした
すると花道花形は、にこりと微笑み、軽く会釈をしてくれた
おつかれさんにござんす

11月、九州演劇協会会長の玄海竜二がプロデュースした阿蘇劇場喜楽座のこけらおとし公演を行った小林劇団を追うように、
12月は、二番槍として花の三兄弟が喜楽座に乗る
両劇団とも、玄海竜二会長が信頼する劇団なのだろう

花の三兄弟、鳳凰座両劇団とも良い劇団で楽しませてくれた
1年後に帰ってくるのが待ち遠しい限り

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奥道後の紅葉は見ごろを迎えた


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花の三兄弟は、この日で3回目の観劇となる
前2回は、私が苦手な喜劇だったのだが珍しく楽しめたので、ぜひ花の三兄弟の悲劇が観てみたいと行ったのが、この日

第一部 特別狂言 
 
芸題 喧嘩屋五郎兵衛


<あらすじ>
喧嘩屋五郎兵衛(玄海花道花形)は、子分二千人を抱える一家を、一代で築きあげた大親分
大立者の五郎兵衛だが、一つ大きな悩みがあった、それは顔の醜いアザ
ゆえに、女とは縁がなかったのだが、
ある日、一家に八百源(筑豊國太郎頭取)が訪れ、
親分さん、桜木屋のお嬢さんが、あなたに惚れて嫁にして欲しいと言ってます
ばかな、そんなことあるわけないだろう、こんな顔の男に
いや、それが本当なんです、心意気に惚れたって、あっしも何度も確認したんです
絶対に本当なんだな
へい
おい、もし間違いだったら、おめえの首を刎ねるがそれでもいいんだな
ええ大丈夫です、何度も確認したんですから、間違いありません
よし分かった、それならば善は急げという言葉がある、今夜にでも仮祝言をあげよう

喧嘩屋五郎兵衛、思いもかけない出来事に、大いに喜ぶ
さっそく結納金を用意し、一家の三下奴、亥之助(筑紫桃之助座長)に持って行かせる
桜木屋に届けに行った亥之助、
このたびは、おめでとうございます、これは結納金でございます
あら、可笑しいわ、結婚する親分さんがみずから結納金を持ってくるなんて
ええっ、私は喧嘩屋の子分の亥之助ですよ
そんな、私が惚れたのはあなたよ
何を言ってるんです、喧嘩屋五郎兵衛親分と結婚してください
いやよ、あんな顔の男と結婚するくらいなら死んだほうがまし

桜木屋の娘が見染めたのは、喧嘩屋五郎兵衛でなく三下奴の亥之助であった
娘のこの些細な勘違いが、のちにとんでもない悲劇を生むことになる・・・・

<感想>
私は、この芝居も初見であったが、これは凄まじい作品であった
超悲劇とでもいうか、誰も救われない悲しい物語である
私は喜劇より悲劇が好きなので、この芝居はとても良かった
喧嘩屋五郎兵衛は、顔のアザの劣等感で女は諦めてたのに、娘の勘違いで心のバランスを崩してしまった
喧嘩屋も、亥之助も、実兄の朝比奈も悪くないのだが、一つの勘違いにより、引くに引けないスパイラルに陥り、悲しい結末に行き着く
いうなれば、全ての元凶が娘であり、この娘が無責任過ぎて腹が立つ

芝居の幕が開き、序盤は八百源を演じた筑豊國太郎頭取が、絶好調で、アドリブ全開、客席いじり
最前列のミニスカートの若い女性客に、あんたパンツが見えそうやけん、と羽織をかけてみたり
挙句の果ては、芝居の自分の台詞の途中勝手に舞台を降りて空いてる客席に座り、芝居を観劇して、茶々を入れだす始末
(舞台にいる女中役の女優に対し)おかあちゃん、明日九州の舞台にゲストで出ないかんけん、金をくれ
金はありません、早く舞台にあがって
財布の中は請求書ばっかりやけんね、ちんぽんしゃーん
悪乗りというより、もはや暴走機関車といった風情
観客の多くは唖然といった風情だったが、おそらく遠征と思われる追っかけか、贔屓筋かの5人程の集団だけが、げらげらと高笑いして異様に受けていた

私なぞは、あーあ、花の三兄弟の特別狂言ってこれ?、結局は笑いにもっていくのか、果たして最期までいけるのだろうかと心配したほどだ

だが、話が深刻になってくる中盤以降は、ピリリと辛くなり頭取も真面目に芝居した

主役の玄海花道花形は、最期狂気を帯びてくる喧嘩屋五郎兵衛を、いわゆる山を上げ情感たっぷりに熱演していた
とくに、不要となった祝言用の酒樽を飲み干し、長脇差の刃を鏡にみたて、己の醜いあざをみてにやりと笑ったあと、うぉーーと絶叫する様や
最期、亥之助が自ら命をたち、喧嘩屋五郎兵衛も絶叫しながら腹を搔っ捌いて絶命する場面では、固唾を飲み舞台を見守る客席は異様な緊張感につつまれ、この悲しいシーンに拍手が鳴りやまなかった

喧嘩屋五郎兵衛の実兄朝比奈の親分を演じた、博多家桃太郎弟座長は、一の線のこの役を貫禄たっぷり、素晴らしい演技で、
自ら命を絶ち絶命した喧嘩屋五郎兵衛を抱きかかえ、最期に「五郎兵衛ぇー」と大絶叫し終幕となったあの声は今も私の耳に残っている
三下奴、伊之助演じた筑紫桃之助座長は、本当に芝居が上手い
喜劇の主役であれだけ笑わせる技術があるのだから、考えてみたら悲劇の演技も上手くて当然だ
喧嘩屋五郎兵衛と刃を交えるくだりでは、三下奴らしくへっぴり腰で死んでいったが、これは座長の上手さですわな

(お父さんの頭取は別にして、)三兄弟は、喜劇のおりアドリブとかハプニングとか客席いじりとかの安易な笑いを求めるということをほとんどせず、台本通りに演じ、いわば演技力を高めることで笑わせていたように思う
だから私は喜劇でも楽しめたのだと思う
ゆえに、悲劇の場合も、台本通りに演技力で研ぎ澄ませた芝居を演ずるので、アドリブとかは入らない
悲劇はより悲劇らしい芝居となり、私の好みとなる

さすが、九州の劇団だ
花の三兄弟のこの特別狂言に、グワンと頭をブン殴られたような心持ちだ
予定では1時間の芝居が、この日は1時間20分
大熱演に満足した

正直言うと、この日行こうか行くまいかと迷ったのだが、悲劇だったので行った
この日の芝居は、喧嘩屋五郎兵衛だと教えてくれた、かすみブログのかすみさんに、お礼を申し上げます

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芝居後の口上挨拶
この日は、座長でなく、玄海花道花形が口上した

喧嘩屋五郎兵衛には各劇団によって、いろいろなバージョンの結末があります
極端な例では、五郎兵衛が最期は、ほかの女と一緒になり、ハッピーエンドで終わるという結末さえあるんですが、
三兄弟のは、オーソドックスな悲しい結末となってます

この話を端緒として、とても印象的な話があった

昔は、筑紫桃太郎一座では、喧嘩屋五郎兵衛はやってなかったのです
なぜするようになったかというと、僕が仲の良かった小林劇団の小林正利から教わったからなんです
正利くんとはほんと仲が良くって、お互い公演時間にも拘らず、電話がかかってきて、どうしたのというと、いやなんでもないんだけど、そんな気の置けない間柄だったんですよ
正利くんが急性白血病で亡くなってから、もう4年になりました、早いものですね

そんな話をされていた

小林劇団の小林正利花形を、残念ながら私は見たことがないが、演劇雑誌の役者のインタビューでも、ときおりだが、いまだに名前が出てくる
8月の奥道後劇場の小林劇団の公演では、未だ小林正利花形のタペストリーが飾られていた
11月の小林劇団は、九州演劇協会会長の玄海竜二がプロデュースした阿蘇劇場喜楽座のこけらおとし公演を行った
おそらく喜楽座にも、小林正利花形のタペストリーが飾られていたことだろう
20歳の若さで夭折した小林正利花形、彼が演劇界で生きてた痕跡と影響は、今でもところどころで目にすることができる

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11月奥道後劇場の番組表

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最期まで真っ白だった


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