元失業者の現在労働者 健康で文化的な最低限度の生活をめざす劣等社会人のブログ 世の中厳しいですが、がんばりましょう 大衆演劇と競輪初心者です

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巷では、満開だった染井吉野が散り始めている
私は、毎年花見をするのが楽しみだったが、今年は花見見物をすることはなかった

3月31日、父が逝った
昨年の初夏から重い病で苦み、がんセンターに入退院を繰り返していたが、抗がん剤が効かなくなった2月24日からは、治療をあきらめ緩和ケアに切り替えて自宅療養をしていた
自宅に帰ったころは、まだ杖で歩けていたが、一ヶ月の間にみるみる悪くなり、歩行器が必要となり、最後は歩くことさえできなくなった
殊に最期の3日間は、朝から夜中まで内臓の痛みを訴え続け、見ている方も辛かった

私が、一番最後に父と交わした言葉は、亡くなる前日の30日の夜中だった
それまで使用してた痛み止めが効かなくなり、電話して呼んだ訪問医が夜訪れ、医療用麻薬を使用した
30分ほどで効き始める、とのことだったが、1時間たっても父の痛みは取れなかった

痛い痛いと訴える中、体を起こしてくれというので、父をベッドに座らせ、母と二人、父が望むように、体をさすっていた
妹から電話があり、母が電話に出たので、私は父と二人きりになった

父は私の名前を呼んで、
迷惑をかけてすまんのう、と言った
何をいよるんか、わしの方こそ今まで迷惑ばかりかけてきたんぞ、全然迷惑なんかじゃない、もっと頼ってくれよ
と私は、父に答えた
激痛で苦しい中、そんな言葉を口にした父に、私は涙が溢れた

その後、医療用麻薬が効き始めたのか、父はスースーと眠るように穏やかになった

翌朝、職場に出勤する私が父に声をかけると、父は眠ってたので返事はなかった
夕方となり、仕事を終えると、妹から携帯にメールが入ってるのに気付き、1時間半前に父が亡くなったことが分かった
急いで家に帰ると、父は眠るように逝ってた
ベッドに横たわる父の体に触れると、手こそ冷たくなりかけていたが、
父の背中に手を滑らせると、普段と変わらぬ体温が感じられ暖かかった
だがそれは、あくまでも冷たくなっていく過程のことであり、父が亡くなった事実は変わらなかった
最期の3日間、顔が歪むほど苦しんでた父は、穏やかな顔で逝った

実は4月3日に、父の兄弟を招待して、食事会をする予定だった
父は南予出身で、兄弟たちの多くは遠方に住んでいる
ちょうど今年が両親にとって結婚50年の金婚式となるので、その祝いという名目で遠方から集まってもらい、闘病の父を元気づけてもらうつもりだった
実質的なお別れ会である
ところが、3月29日に、父はこう言った
4月3日までもたんかもしれん、早く来れる者には来て欲しい、と苦しい声で言った
実は、訪問医も我々家族も、父は数カ月は無理にしても、もう少し、例えば1カ月くらいは生きて、生前父と打ち合わせた通り、自宅療養が難しくなれば、最後はがんセンターのホスピスに入る計画だったので、まさかそんな数日で亡くなることはないと思ったものの、父の言う通りにせねばならないと思い、連絡を取った
3月31日、午前と午後に全員ではないが、遠方から兄弟が駆けつけ、最期のひと組が帰った一時間後に、父は亡くなった
あっけない最期であった
父の言葉に従ったので、生きてるうちに会えた兄弟がいたのは幸いだった

4月3日に祝いの膳を設けるつもりだったが、奇しくもその日が、父の葬儀となった
事前に予定を空けてもらってたので、兄弟たちは全員出席してくれて、父を見送ることができた

南予出身の父は、中学を卒業し、定時制高校に通いながら、地元の建具屋に職人として就職した
17歳の時、大阪に本社のある繊維会社が、松山に工場を出すというので入社試験を受け合格した父は、建具屋を退職し、定時制高校も中退して、松山に出てきた
工場の労働者として働き、ぼやきながらも定年後も子会社に移り働き続け、約45年間、一つの会社で勤め上げた
家族を養うために、がんばってくれた

お父さん、今まで本当にありがとう
どうか安らかにお眠りください
そして、私たち家族のことを見守っていてください

4月3日の金婚式の祝いの食事会に合わせ、楽天で購入した両親に贈った御殿場桜の盆栽は、4月2日に家に届いた
この日、すでに父は亡くなっており、私のプレゼントを見せることは叶わなかった
届いた時は一輪だけしか咲いてなかった盆栽の桜は、その後みるみる内に満開となり、今は散り始めている

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最期まで読んでいただき、ありがとうございます
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コメント
この記事へのコメント
克明に記された文章で
同じ場所に居合わせたと
感じるほどの臨場感に包まれてます。
自分の最後は感じるものなんだな
強く生きたお父さんは
これからもずっと心の中で
共に行き続けて行く事でしょう。
明るい未来に向かって
一歩、歩き出しました。
これからもゆっくりと頑張ってください。
2016/04/13(水) 06:16 | URL | せいパパ #-[ 編集]

お父様がご逝去なさった事を克明に書いておられるこのブログを拝読し、山口様のご心痛や遺されたご家族様の思い…、そして何より、金婚式のお祝い会を目前に天国に旅立ってしまわれたお父様の悔しいお気持ちを拝察しますと、私も溢れる涙を拭う事が出来ませんでした。
山口様、本当にお辛いご経験をなさいましたね。お察し致します。

お二人だけで最後に交わされた、お互いがお互いを思いやる優しいお言葉の中に、お父様と山口様のお人柄が偲ばれます。
心優しく真面目に誠実に一生懸命生き抜かれ、そのご姿勢を最後まで全うなさったお父様に対し、心からのご冥福をお祈り申し上げます。
山口様が送られた綺麗な御殿場桜の盆栽は、天国のお父様にきっと届いているでしょうから、その可憐で清楚な美しさに目を細められ、プレゼントをお喜びになっておられるお父様のお姿が目に浮かぶようですね。

山口様、今はまだ色々な思いが交錯し、穏やかにお父さまを偲ばれるご心境ではないかも知れませんが、親の願いはただひとつ…、「子供が健康で幸せであって欲しい」それだけだと思いますから、どうか山口様もくれぐれもご自愛なさって、毎日の生活の中で楽しく幸せだと感じる日々がより多くお持ちになれるよう、私も願って止みません。
そして、最愛のご伴侶を失くされたお母様のご心痛は如何ばかりかと存じますので、どうか山口様を始め皆様方でお母様のお気持ちに寄り添ってさしあげて下さい。

深いお悲しみの中、山口様のブログを楽しみにしております私達の為に、一生懸命お気持ちを綴って下さいました山口様に敬意を表しますと共に、お父様の心からのご冥福を重ねてお祈り申し上げます。
2016/04/13(水) 10:18 | URL | コスモス #-[ 編集]
幸せだったと思います
亡き父君は最期は苦しまれたかと思いますが、山口ジジイさんのような孝行息子に恵まれて幸せな一生だったのではないでしょうか。私も残った父を大切にしていきたいと思います。山口ジジイさん、ご心痛の中詳細なるレポート誠にありがとうございました。
2016/04/13(水) 21:32 | URL | 宇都宮人 #-[ 編集]
釣り忍じゃないけれど。
桜大切に育ててあげてください。時折、桜を見て、お父様の事を思い出してあげると、喜んでくれると思います。
2016/04/14(木) 00:41 | URL | プロレスLOVE #-[ 編集]
十数年前、お父様にビールを献杯していただいたことを思い出します。

 あの頃は、とてもお元気でしたね。


 ご冥福をお祈り申し上げます。
2016/04/14(木) 01:25 | URL | Anthony #-[ 編集]
親孝行でしたね。
ご冥福を心からお祈り申し上げます。
2016/04/14(木) 06:01 | URL | 凡・ハヤト #kmBhwWbA[ 編集]
山口様へ
お父様は苦しみから解放され、これからもご家族を見守ってくださることだと思います。山口様が観劇に出掛ける時はご一緒され、寄り添っているはずです。病気になり家に帰りたいと願っても叶わず病院で亡くなる方が多いのに、ご家族の頑張りに頭が下がります。
一番寂しくなるのはお母様です。どうかお母様を大切になさって下さいませ。
お父様のご冥福をお祈りいたします。
2016/04/14(木) 10:33 | URL | 辛口 #-[ 編集]
  お芝居楽しみながら、しっかり親孝行されたのですね。私は松山に母親を預けっ放しなので山口様には、頭が下がります。
各劇団の克明なコメント楽しみにしてます
2016/04/15(金) 07:21 | URL | 千葉のばばあ #-[ 編集]
せいパパさん
ありがとうございます
覚悟は決めてたつもりなのですが、父が死んだのはショックでした
最期交わした言葉を思い出すと、今でもこみ上げるものがあります

コスモスさん
ありがとうございます
肉親を亡くすということがどういうことなのか、実際自分の身に起きて初めて分かりました
父はいろいろなことを教えてくれましたが、最後にもう一つ大きなことを教えてくれました

宇都宮人さん
ありがとうございます
父を亡くし、もっと何かできたのではないか、と悔みもあります
後悔のないようにしなければなりません

プロレスLOVEさん
釣り忍とは、大衆演劇ファンらしいコメント
ありがとうございます
桜大切に育てていきたいと思います

Anthonyさん
実家に泊まった時、そんなことがありましたか
思い出してくれて、ありがとうございます
懐かしいです

凡・ハヤトさん
ありがとうございます
私は列島社会人で、親孝行な息子ではありませんでした
悔やまれます

辛口さん
ありがとうございます
父の肉体はなくなりましたが、私の心の中に生きてます
残された母も大切にしていきます

千葉のばばあさん
ありがとうございます
私は決して孝行な息子ではなかったのですが、10年くらい前に県外から実家に帰ってきて、父の近くにいれたのは良かったことだと思います
2016/04/24(日) 00:09 | URL | 山口ジジイ #-[ 編集]
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